水墨画簡単!模写からスタート

語学をやっているときのことを
思い出しました。

語学上達の人は
間違いなく真似が上手い人ばかりでした。

こういうときはこういう、
すべて好奇心と観察を持って
できている気がします。

絵画も同じことが言えます。
知らない分野、
未知の世界だから
まず真似する、
すなわち模倣からスタートする人が
上達も早いようです。

当然ですが
好奇心や観察眼をもつわけです。

極端の話ですが
いきなり西洋画をやってきた
つまり美術の基礎があった人でも
水墨画を描かせるとうまくいくと思いますか?
失敗に終わる確率が高いことも想像できます。

では、どういう人が水墨画に向いているのか
あるいはそういう人なら水墨画をやらない方がいい?

おそらく結論が見えているはずです。

向いてない人は
・自己主張が強い人
 ➡人の作品やスタイルを容易に受け入りれない

・模写が嫌いな人
 ➡やたら自己流にしたい。

・新鮮さを感じられない人
 ➡決まっているパターンにしか興味がない、
やり始めても長続きしない。

・思考が嫌いな人
 ➡積極的ではなくいつも受動的に動いている

・陰気臭い人
 ➡元気のない人は人にも無関心で切磋琢磨精神がない

……

このように向かないタイプの人たちは
実に存在する。

そうでなければみな絵描きさんになります。

でも逆にこういった人たちは
性格的に欠陥ありそうで
むしろ絵をやることによって
性格を良い方向へ変化させることも
期待できます。
医療分野で芸術療法はずっと昔からあった話です。

なぜ、中国絵画において模写は必要なのか、
中国の絵画史を見てもわかるように、
模写の歴史ともいえましょう。

西洋画とは違って中国絵画には長い歴史があり、
その長い中国絵画の歴史のなか、
残された優秀作品はいろんな手法で描かれています。

言葉だけでは説明が難しく、
実際作品を見て模写する方法を
通じて会得することが多いです。

それらたくさんの良い作品や古典名作は
まるで無口の先生のように静かに語っています。

画家が模写を通じてその構図や技法などを
学ぶことができます。
特に歴史のある中国絵画、
その古い時代から、
すでに千年以上の蓄積を考えて作られてきたものですから、
利用しなければ非常に勿体無いでしょう。
模写は、古人との対話でもあります。

模写って芸術ではないと思っている人が
少なくないようです。

西洋美術ではそう考えています。

模写・模倣は、戦後の日本の美術教育において
弊害が多く指摘・批判されてきました。

西洋美術の視点に立ってみれば
間違いない考えかもしれません。

一方、模写は中国では言うまでもなく、
水墨画学習や水墨画の画家を
志した者にとってなくてはならない必修科目です。

元時代 黄公望「富春山居図」
沈周(明時代)「倣富春山居図」

ヨーロッパ旅行した際に、
壁画を印刷物や写真を見ながら
修復している若者をよく見かけます。

これは「やむを得ず模倣行為」かもしれません。

中国絵画史に精通する人なら
わかると思いますが
模倣といいう作品は原作(オリジナル)と
対照すると大半別物になっており
すなわち模写する画家・学習者は自分の感情やお考えを
作品に注入しています。

元時代 黄公望「富春山居図」と
沈周(明時代)「倣富春山居図」でも
分かります。

明代沈周の「倣富春山居」と
元代黄公望の「富春山居」を
比較すればわかるように沈周の「倣富春山居」は
着色や、かなり湿潤な表現で
まったく別物になっていると思われます。

一言模写と言っても
様々な角度からアプローチできるはずです。

模写は立派な芸術です。

とにかく水墨画の場合、
模写は初心者にとって上達する近道でもあります。

中国絵画の模写は技術的な要素が多いと言われてます。
少なくとも4つの面で考えられます。
単純に絵画手法(描き方の技術)ではありません。
運筆、運墨のほか、
作品の構図や意境なども注目されております。

意境(いきょう)とは作者が作品の中に
表わす境地や情緒で、
文字や言語では言い表しにくいもので、
学習者が模写して得ることが多いでしょう。

模写はあくまでも学習手段の一つに過ぎません。
また、模写は単純に複製的に描くのではなく、
模写する人の考えや理解も反映されている例が多いです。
良い画家は良い模倣者でもあるといわれています。

模写の方法は目的によって作品の一部、
または全体、構図または、
運筆など養分などそれぞれ学習者によって
吸収する部分が異なります。

模写は学習の手段である以上、
最終目的は自分の作品作りに戻ります。
現実を直視してスケッチなどをし
良い作品になるまで失敗を
繰り返すのです。

おそらく模写を罪として問われたのは模写を
目的としているからです。

その結果、硬直化、マンネリズムになってしまい
新鮮さはない。
中国絵画でいえば清初の「四王」です。
模倣しかできない?
そういう人は現にいます。

模写の方法人によって千差万別です。
よく間違われるのは最初から最後まで
まったく同じものそっくり描こうとすること。
一番効果のあるやり方は一回一つ内容に絞ることです。

xxの山の表現は素敵だから今回はそれにするとか。

お手本から手本までやってます。
たくさんお手本があって
いろんなお手本描いている
そこから別の作品が生まれるかもしれません。


単純に「お稽古」という発想で
楽しいわけですから別に問題ありません。


現代多元的しゃかいにおいて
遊びとしてそれもありです。
できれば巾広く見てほしいです。
豊かな人生という観点から、
少しでも工夫していきましょう。

久しぶりに長い文章でした。
最後までお読みくださってありがとうございます。